第1章

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 血液というものは男にしても女にしても、イく瞬間に飲むのが一番美味しい。さまざまなホルモンが分泌され、それが血液に深みを与えるのだ。  首筋に伸びた犬歯を突き立て、スプリと皮膚を食い破る。弾力のある血管を見付けだし、それを唾液で溶かして口の中に溢れてくる熱い血潮を啜るのだ。唾液に溶かされた血管はすぐに再生する。飲み過ぎに気を付ければ、相手が死ぬことはない。  そしてその後は催眠を掛け、吸血されたことを忘れさせれば完璧だ。食い破った傷跡だって綺麗に再生するから、相手は吸血された事実にさえ気付かない。  この時も量を加減して、女を離した。以前のように久しぶりだからと箍が外れて飲み過ぎ、相手を殺してしまうと後が厄介だ。  あの時もようやく住み慣れ始めた小屋を手離さないといけない羽目に陥り、散々珠希に嫌味を言われたから、最近はきちんと加減している。  それに自分たちだけならまだしも、今は聖司郎がいるのだ。あの小屋を離れることにでもなろうものなら、またいやいや攻撃に見舞われるだろう。  ふぅっと、人心地が付いたように息を吐く。久しぶりに飲んだ新鮮な血液と満月のおかげで、どうにか力が漲ってきた。今のこの状態なら、倭国とだって大立ち回りを演じられそうな気がする。   (そんな面倒なことはしないがな)  目下の興味は、聖司郎にのみ向けられている。今でさえあんなに愛らしい聖司郎。成長すれば、それはそれは綺麗な生き物になるだろう。  他の四鬼聖の奴らに見せびらかせば、どれほど羨ましがられるか。それを想像するだけで思わず顔が緩む。  だがその時だ。突然頭に声が響いたのは……。   「珠希……?」 『ヴィクトールさま!聖司郎さまが……!!』    切羽詰まった声で放たれたその名に、いつもは白磁のような顔色を一気に変えた。  床に散らばっている自分の服を素早く取って、身につける。ボタンを留めるのももどかしく、窓から宙に身を躍らせた。  そのまま満月に照らし出された闇夜を、駆けるように飛ぶ。そして自分たちが住処にしていた小屋の近くまで戻り、そこで感じた異様な波動に顔を歪めた。 (魔導……?)    確かにそれは、魔導師が力を行使したときに発生する残り香だ。それを感じ取  った途端、ざっと一気に血の気が引いていく音を確かに聞いた。
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