彼岸花

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彼岸花

 朝、祐介は母親の怒鳴り声で目を覚ました。  またいつものか、と祐介はうんざりする。  すべての言葉を聞き取る事ができないが、浮気をした事を認めろ、と迫っている。 「こっちは証拠握ってんだよ! さっさと吐けてめぇ!」  彼の父親は反論するが、食器が割れる音にかき消されてしまう。 「光の三原色を知らねえのか! この世は三色の組み合わせでできてんだ! それは世の中の法則なんだよ、変わらねえんだよ! だからてめえが浮気した事もこの世の原則なんだよ!」  めちゃくちゃな事を言っている。  彼は引き出しから一冊のノートを取り出す。めくってみると、それは日記であったが、内容は夫の暴力に怯える妻の日常が細かく描かれている。例えば今日の日付には『朝、夫の浮気をそれとなく聞いてみると、突然逆上して殴られ、食器を何枚も割られた。私は何もしてないのに、どうしてこんな事をされるのだろう』と書かれている。  祐介には分かっていた。これは母親の偽のDV日記なのだ。  昨日の夜中、リビングに置きっぱなしになっていたこの日記を見つけた瞬間、祐介は自分の部屋に持ってきた。以前テレビで偽のDV日記を使って慰謝料を取るDV詐欺というのがある、と言っていた。この日記が母親の元に戻れば、父親が不利になる。なにせ、昨日の夜に今日の朝の出来事が書かれているのだ。日記として破綻している。  日記の通りに、食器が何枚も割れる。  サイレンがして、音が徐々に大きくなっていき、家の前で止まった。  近所からの通報なのか、警察がやってきた。何かを母親が話している。 「なんだよ、警察は民事不介入だろうが! 帰れよ!」  部屋のドアを少し開けて覗くと、母親が一人、警察相手に話している。DVを受けたとか、夫が浮気をしているとか、家に金を入れてくれないとか……嘘ばかりがすらすらと出てくる。暴力を振るった事もなければ、いつも寄り道せずに帰ってきて、小遣いもない父親がそんな事できるはずがない。
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