彼女たち-1

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 ウミウシちゃんと、うなぎを食べに行く約束をした。今年の八月くらいに。  その約束が叶ったのは、十二月二日のこと。 「ちょっと、失敗しちゃって。クレジットカードの支払いがね」  そっか。なら、仕方がない。  十二月にまで、約束は伸びた。  けれど、僕はあまり気が長いほうではない。  それまでにスーパーで一度、うなぎを買って食べてしまった。  国産を選んで、酒で蒸してやった。  工夫したかいあって、スーパー産ながら、よくやったと思う。  十二月二日は、晴れていた。  僕は精神的な病気のせいで、天気が悪いと調子が崩れる。  目黒まで行く電車に乗りながら、良かった、と安堵していた。  鞄に忍ばせている、安定剤の出番はなさそうだ。  乗り換えに手間取って、少し遅れて不動前駅に付く。  朝の十一時。  僕は生まれて初めて、目黒の街を歩いた。  犬が多い。  しかも、ミニチュアダックスフントが多い。  飼い主の横に沿って歩く、よく躾けられた子ばかりだった。  住宅地と商店街が交ざったような道を歩き続けていると、うなぎの香ばしい香りがしてきた。  朝から何も食べていない腹が、早くこの香りの元を摂取せよと命令してくる。  待てよ。そのうち届くから。  店の前につくが、ウミウシちゃんは見当たらなかった。  メッセージアプリで「ついた」と送る。  すぐに返信があった。どうやら少し道に迷ったらしい。  そのまま店の前で待機する。  うなぎ屋は店頭販売もしていて、朝から繁盛していた。  ウミウシちゃんは「ごめーん!」と言いながら現れた。  深い緑色のコートに、グレーのマフラーをしていて、髪がふわふわしていた。  僕は今更ながらに、自分の恰好を反省した。  グレーのセーターに、グレーのコートを着ていたのだ。  色彩が足りな過ぎる。ウミウシちゃんは頬にチークまで入れているのに。  けれど、それについて謝るのも変だから、「久しぶり」と笑った。  ウミウシちゃんとは、大学と学部が同じだ。  けれど就職してから、一度も会わなかった。  彼女も僕も、IT系の中小企業に就職したせいで、忙しかった。  忙しい、は、僕たちにとってそれだけで十分に会わない理由になる。
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