第1章 止まらぬ気持ち

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 玉翠国の王、白葉(はくよう)は和が好きらしい。  平安時代と呼ばれていた頃の建物がとくに好きだそうで、彼は寝殿造ふうの豪華絢爛な御殿に住んでいた。  艶やかな長い黒髪を高い位置で結っている少女は、垂れてきた前髪を耳にかける。  そして板張りの廊下を走り、主殿でくつろいでいるであろう大好きな白葉の元へと、歩みを進めた。  早く会いたい、早く会いたい。  口に出さずとも分かる動きで(すみれ)色の着物を揺らし、白葉の姿を視界に入れると見目麗しい少女は、断りもなく御簾(みす)を上げ中へと入った。  彼女の名は驪明(れいめい)。青の空の下を治める大国である、碧禮国(へきれいこく)の王、驪珀(りはく)の愛娘である。 「白葉さまぁあああ!」  その鈴の音を転がすような声には似合わない元気っぷりは、いつも周囲を驚かせていた。  形のいい眉に、大きくとも涼しげな印象を与える、切れ上がった妖艶な瑠璃の瞳。  白磁を思わせるなめらかな肌に、ほっそりとした輪郭。  唇は男であれば一度くらい吸い付かせて欲しくなるような、そんな色気を漂わせるものなのに―― 「驪明さま、品がありませんよ」  ぎゅううう。彼に抱きついた驪明は(たしな)められ、しょんぼりと肩を落とす。  しかし、決して離れようとはしない。優しい白葉は自分のことを突き放してはこないと、知っているからだ。  ぎゅぅうう。再び、抱き締める。  するとさすがに我慢できなくなったのか、白葉が困ったような声を出した。 「……れ、驪明さま、そろそろ離していただきたいのですが」 「嫌です。だって白葉さまに会えたの、三日ぶりなんですもん」 「ええ、そうですね、三日ぶりです。ですが……私たちの三日というのは、瞬きほどの短さかと」  いけず。とでも言いたそうに見たからだろうか。  ますます白葉が困ったと眉を下げ、驪明の背中をぽんぽんと撫でた。その手はとても優しく、温かい。  心地よさに目を細め微笑んだ驪明はやっと満足して、白葉の前にきちっと背筋を伸ばし正座をした。 「白葉さま、お話しさせていただきたいことがあります」  金糸の癖のない長髪を揺らした白葉が、またか、と、垂れ目がちな瞳に疲れの色を滲ませる。
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