大文字総合診療所

7/11
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
恐らく、まあ、これは推論にすぎないが、恐らく「こーくん」は家を出て自立したのだ。もしくは結婚したか。 「ハリーくん、落ち着いて。いま電話して、聞いてみるからね」 ミックスハリーは泣くのを堪えようとして、ひっくひっくとしゃくり上げた。 大文字は机の片隅に追いやられた電話を引き寄せると、カルテに書いてある電話番号をプッシュした。 「………あ、タカギさんのお宅でしょうか。わたくし大文字と申します。こーく──いえ、幸太くんの友人で……あ、どうもお世話になっております。ところで先日から幸太くんと連絡が取れなくなってしまったんですが………え、あ、そうなんですか、すみませんありがとうございます。いえ、それには及びません。どうもありがとうございました」 時折このように、飼い主に直接連絡をとる場合もある。が、その際は「大文字総合診療所」とは名乗らない。「お宅のワンちゃんが診察に来まして」と言ったところでガチャンと切られるか、不審電話だと通報されるのがオチだ。 大文字はミックスハリーのほうへ体を向け直すと、にっこり微笑んだ。 「″こーくん″は、3ヵ月だけ出張だったんだ。あと1週間もすれば帰ってくるらしいよ」 大文字の言葉に、しゃくり上げる音が止まった。涙で潤んだ目を大文字に向ける。 「ホントに……?」 「先生は、嘘はつかないよ」 ついさっき電話で「幸太くんの友人」だと名乗ったことは置いておく。 「こーくん、帰ってくる……?」 大文字は大きく頷いた。 それを見たミックスハリーは、嬉しそうな、照れたような笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げて診察室から出ていった。その足取りは、入ってきた時の様子が嘘のように、軽く弾んでいた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!