猫の気持ち

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「……て……そういう人だったんだ」 「そういう人って、どういう意味?」  外で人の話し声が聴こえる。どうやら倉庫の入口近くみたい。  この倉庫は冷蔵室だ。入口は人が一人通れるくらいの隙間が開けてある。倉庫の中の冷気が逃げてしまわないように、全開にしない。その隙間から話し声が聴こえてくるのだ。  また誰かサボってんのかな?  勤務時間もそろそろ終わる四時四十五分。倉庫前でタバコを吸いながら時間を潰す人間はたまにいる。そんな類だろうと俺は特に気にも留めなかった。  渇いた音が耳に入るまでは。  バチン!   思い切り叩かれたような音。俗に言うビンタだ。リアルで聞いたのは初めてだった。思わず在庫管理のチェック表から顔を上げ入口の方を見た。棚に隠れていまいちよく見えないが、どういう状況下でそのような音がたてられたのか外の様子がすごく気になる。  女の人のわめき声。 「私が知らないと思ってるの? あんた総務の志穂ちゃんも誘ったでしょ? 最初から二股するつもりだったわけ?」 「ちょ……いきなり暴力ってひでーな。そんなカリカリしてたら男が逃げちゃうよ?」  痴話げんか? こんな所で? 「ぬあんですってっっ!」 「おっとっと。怖い。怖い」  男の声が急に倉庫内に響いた。怒りが煮えたぎったようなドスの効いた声の女性の剣幕にどうやら倉庫内に避難したらしい。部外者が勝手に入ってこられちゃ困る。俺は男に注意しようと棚の合間から出た。 「あの、ちょっと。ここは関係者いが……」 「あんたなんて凍死しちまえ!」  ガシャーンと大きな扉が閉まる音。それからガコンと鍵が掛かる音がした。  えええええええーー! ちょっ! 嘘だろ! ここ冷蔵室だぞ!  俺はファイルを投げ捨てドアにダッシュした。取っ手を掴み開けようとガコガコと揺するけどもちろんびくともしない。ドンドンとドアを叩き「開けて!」と大声を出したけど、怒った女性は既に立ち去ってしまったようだった。
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