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ちりん
智衣は今でもあの時のことを忘れない。
まず鮮明に思い出されるのは冬の空気。
キンキンに冷えた空気を口から吸い込むと、変わりに体から出てきた息はもやんと膨らんでから薄らいで消え行く。
それから耳にいっぱい響き渡る心臓の音。
それに加え、境内の木々の擦れ合う不気味なささやき。
いけないことをしているという意識が子供ながらにはっきりとあり、それでもやらなければと言う使命感が智衣を動かしていた。
怖かった、何もかも。
泣きたかった、本当に。
でも、泣くよりももっともっと大事なことがあるってわかっていた。
智衣はまだ5歳。
幼稚園に通う、どこにでもいる子供だった。
たったったと駆けていく先には智衣の幼稚園の横に建つお寺。
毎日見ているのに、お月様の明かりに浮かぶそこはどう見ても少し前に行った遊園地のお化け屋敷にしか見えなかった。
ごくりと唾を飲むと、足が止まってしまいそうな自分を勇気つける為に目を瞑って、唱えた。
わたしがお願いしなきゃ……。
そう思った瞬間、お寺へと続く石畳のへりに足を引っかけて、智衣の体が前のめりに飛んだ。
智衣は自分の胸に抱えていたお年玉袋をかばってそのまま石の上にどさっと転がった。
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