円と渉

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(渉語り) 家まで送って行くという洋ちゃんの言葉に丁重な断りを入れて、治療院の前で別れた。 白くて大きい四駆車に手を振り、治療院の扉を開けると、これまた大きな塊が抱きついてきた。ぶわっとまどか君の香りに包まれて、身体が弛緩するのが分かる。 僕の帰る場所が自ら迎えに来てくれた。それだけで涙が出そうだ。 「…………渉さん、もう会えなかったらどうしようって、そればっかり考えてた。昨日はごめんなさい。理由も聞かず怒ったこと、本当に反省してる」 「う、うん。まどか君、苦しい」 ごめんなさい、ごめんなさいと謝罪の意を半分泣きながら伝える彼は、全く僕を責めることは無かった。先に手を挙げたのは僕だから、咎められたら非を認めようと思っていたのに拍子抜けする。 そこまで心配しなくても、僕は大人だからどうにかなるんだけど、まあいいか。大切に想われているのは伝わってきたので、心の中でにんまりとする。 さっきまで大野の敬語を聞いていたせいか、まどか君のタメ口が新鮮に感じた。年下のタメ口は本当に可愛いのだ。 大野の非ではない。 「もういいよ。何も言わずに飛び出した僕も反省してる」 「渉さんは何も悪くない。悪いのはあいつじゃないか。きっぱりと断ったし、来ることはないよ。子供には先に手を出した方が悪いって教えてるから、ついついそっち目線で考える癖がついてた。大人は事情ありきなこと、俺だって知ってる。ほんっとにごめん」 身体を離して深く頭を下げるまどか君の後頭部をよしよしと撫でた。形の良いまあるい頭に、ちくちくするくらいの短い髪は気持ちが良い。 「この人、私が朝に治療院へ来た時、扉の前で項垂れて座ってたんですよ。待鳥センセがいないって泣きそうな顔をするんで、しょうがなく仲の良い和水さんに電話したら1発でアタリでした。もう喧嘩しないでくださいね。仲直りをしたなら、奥でいちゃいちゃしますか。声を出さないなら何やっても結構ですよ。患者さんの迷惑にならない程度でお願いしますね。ふふふっ」 ケーシー姿のアスカちゃんが受付に立ち、僕達へ言った。口調とは裏腹に、目がギラギラしている。さあどうぞと、指された腕の先にはスタッフルームへ繋がっていた。だけど、まどか君が寝ていないのは一目瞭然で、早く休ませてあげたかった。 なんとなくアスカちゃんの思惑も読めるし。 「奥に行く?俺は渉さんとゆっくり話がしたいけど、どうしようか」 「僕は家に帰りたい。疲れたよ」 「渉さんがそうしたいなら、いいよ。俺ん家に行こっか。アスカさんありがとうございました。本当に助かりました。またお礼させてください」 彼を気遣っても素直に首を縦へ振らないので、先に僕の要望を伝えてみると、すんなりと了承してくれた。 まどか君が僕の手を取り、自然に繋ぐ。 「いいえ、残念だな。待鳥センセ、また明日、元気に出勤してください。ほどほどに……仲良くね」 「アスカちゃん、色々ありがとう。また明日」 アスカちゃんに別れを告げて、治療院を後にした。 途中、お気に入りのカフェに入り寄り道をする。有機野菜をたくさん使ったサンドウィッチをまどか君が頬張るのを眺めた後、2人で帰路に着いた。
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