異世界からやってきたのはオババでした。

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 漆黒、闇、黒を表す言葉は数あれど、どす黒いという表現があれには一番似合うのではないだろうか。  どす黒い鉛のような曇天が空を覆い尽くし渦巻く。渦の中心は、世界のあらゆるものを呑み込まんとばかりに大きく口を開き、その時を今か今かと待ちわびていた。 「おい、紅蓮のぉ。お前こういうときの為にいるんだろぉ? アレをどうにかしろよ」  通りすがりの男が俺を酷く睨むようにして懇願する。  馬鹿を言っちゃいけない。流石の俺でも、天変地異を相手に何が出来るわけではない。世界最強の魔道士なんて、所詮そんなものだ。 「紅蓮の! 何か言えよ! お前の力はお飾りなのか!? 普段の威勢はどうしたぁ!!?」  何度か道で顔を合わせた程度の男に罵声を浴びせられるも、頭上で起きている災厄を前に何も言い返せず、ただ俺は口を開けて呆けていた。 「魔道士様! どうかお助けください!」  今度は中年くらいの女の声が聞こえた。声に反応して振り返ると、(ひたい)の左側を腫らした小太りな女性が膝を折る格好で俺を拝んでいる。 「……あんなの…………どうしろってんだよ……」  女の姿に困り果て、俺は絞り出すように声を漏らした。すると、女はガラリと表情を変え、俺に掴みかかってきた。 「この、クソ魔道士! 偉そうな態度取っておきながら、肝心なときに使えないなんて!」  女の豹変を合図に、周囲に居た老若男女、その全てが俺の敵になった。罵倒する者、暴力を振るう者、ただ遠くから睨みつける者。様々な行動。しかし、それらは一括りに怒りの感情が読み取れる。  世界の均衡が崩れる。  今朝、俺は食堂で注文を取り間違えた中年の女の額を殴った。  殴られるのは痛い。蹴られるのも、痛い。こんなことを、俺は今まで街中の人間にしてきたのだ。世界の最後に、当然の報いなのかも知れない。  大勢に寄って(たか)って暴行を受けていると、とうとう、その“時“がきた。  曇天は渦を巻くスピードを上げ、激しさを増し、地を駆ける風は大衆の意識を俺という小さな存在から空へと変える。  黒を幾重にも塗りつぶしたような渦の中心が、瞬間、眩く光ったかと思うと、暴風があらゆるものを薙ぎ払い、世界が壊れてゆく。  世界が……終わる。
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