悪たる樹霊

104/213
3531人が本棚に入れています
本棚に追加
/413ページ
「では、始めますが……」 ファーグスに連れられ浮島の表に戻ると、島の縁に立って作業を始めようとしていたファーグスがちらりと俺の背後を振り返って苦笑とも取れない微妙な表情を浮かべる。 「アレは私じゃないアレは私じゃないアレは私じゃないアレは私じゃないアレは私じゃない……」 「あちらはどうすれば……」 「……そっとしておいてやってくれ」 視線を向けた先では、頭を押さえながら呪詛の言葉のごとく現実逃避を続けるルナが神木に背を預けて体育座りしていた。 疲労から動けるまでに回復したはいいものの、どうやらそれに伴って正気に戻ってしまい今更ながら自身の行動を意識してしまったようで、先程からずっとこの調子である。 なんだか現実逃避の仕方に微かな既視感を感じなくもないが、ずっとブツブツと呟き続けていられると、俯いていることで無造作に垂れた白髪(はくはつ)も相まって割とホラーだ。 流石にこの状況ではやりづらいのか、ファーグスが「なんとかしろよ」と視線で訴えかけてくるが、今俺が何か言ったところで火に油を注ぐだけだろう。 しかも火傷するのはおそらくルナだけだ、流石にそれは気が引けるので、同じく視線で「頑張って無視してくれ」と訴えておく。 「んんっ! では、始めます。ライトさんもお手伝いお願いしますね」 「ん、了解」 やがてひとまずスルーすることに決めたのか、ファーグスは誤魔化すように咳払いを一つ。 そして何を思ったか、若草色のドレスのままでざぶざぶと泉の中に進み入り、ドレスが濡れるのも厭わずに腰ほどまで水に浸かったところで右手を人差し指一本だけ立てて前に出す。 するとその先からにょきにょきと木の蔓が伸び始め、五センチほど伸びたところでおもむろにファーグスはその指を泉に沈めた。
/413ページ

最初のコメントを投稿しよう!