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「いいえ、雨が弱いのなど一時(いっとき)のこと、この風は兄様を吹き飛ばしてしまう。万一翼が折れでもしたら、帰れなくなってしまいます。やめてください。ここで換毛が飛び散っても風まかせに放っておいたのです、羽根の二、三など流されてもよいではないですか。父様はもうこの世のものではありません」 「なにを、お前は決まり事を」 「そうです、だから知っております。鳥とは人に縛られぬもの、羽毛のひとつすら思い出にくださらない。兄様ももう父様のことは忘れてください」 「俺は慣習が大事なだけだ。お前こそ心配なのではないか、実の父だろう」 「ではなぜ生きてる間に父様の声を聞いてくださらなかった!」  紛うことない事実だ。俺は生きている父とはほぼ会話していない。 「兄様はずるい。父様にかわいがられて、なにを言っても応えてもらえて。わたしは……わたしは相手にもされなかった」 「かわいがられたのはお前だろう。血の繋がった子だ、何を言っても愛でられて。こちらは説教ばかりで褒めてもらったことなぞなかった。俺は所詮、余所者だ」 「兄様は……ッ、知らないからっ……!」 「なにを……」  くやしげに首を振る妻を捕らえる。両手で頬を挟みこちらを向かせると、両の目から涙が溢れた。 「兄様が! 初めて山まで飛んだ日! 父様は見たことがないほど満足げに、山を見上げておりました! そして兄様を追うように飛んでいった父様を見送るしかできないわたしや母様が……どんな気持ちだったか……」  ……そんなもの知らない。縁側から垣根へ跳ねるように羽ばたいたり、屋根から羽を広げて飛び降りて風を受けたり。滑空へ、そして滞空へ。父の教育は追い立てるよう、追われる者が逃げるように俺は羽ばたいた。俺達には長元坊のような上空で気流に乗る羽はない。けれど森から立ちのぼる上昇気流にのって滑るように木々の隙間を駆け上がる、羽を下から押し上げる空気を掴む、茶灰の羽を休めに梢を渡る時、純粋な喜びがあった。けれど初飛行の日、追いついた父からやれ羽の使い方がなってないだの風を掴み損ねが多すぎるだの、達成の喜びは安易に塗り替えられた。
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