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朱音はずっと母親と生きてきた。実の父親が誰かもわからずに。その母親が男と暮らし始めた。朱音が九歳の時だ。その男は朱音には優しく、朱音は父親のように慕っていた。一緒に暮らし始めて一年が過ぎ、男と母親が次第に不仲になっていき、喧嘩が絶えなくなった。ある夜、男が母親を殴っているのを見た朱音は、母親を助けるために男をフライパンで殴った。何度も。
その事件で、朱音は施設に入ることになった。
その後、朱音は母親とは会っていない。年に一度の入金があるだけ。
「年に一度、朱音に送金していたのは朱音が殴った男だった」
「え?」
「母親に捨てられた朱音を心配して、男が母親の名前で送金し続けていたらしい。その男が亡くなる直前に全財産を朱音に送金したそうです」
「その男は朱音の母親に暴力を振るってたんですよね? だから、朱音は――」
「――それは朱音の誤解だった……というか、母親からそう聞かされていたらしい。『お前が汚れているから、私が殴られる』って……」
汚れている……?
「男は母親が朱音にそう言っているのを聞いて、母親を責めたそうです。そして、事件が起きた」
「そんな……」
朱音は事件のせいで後ろ指をさされても、自分は母親を守ったのだと気にしなかった。それが、間違いだったなんて。
「それを知った頃から、朱音は情緒不安定になりました。華やかな色の服を処分して、地味な色の服ばかり着るようになり、好きで飾っていたインテリアも処分した。次第に笑わなくなり、見知らぬ男に誘われるままホテルに行こうとしたこともあった。そして、いつものようにデキなかった俺に言いました。『仁也さんが出来ないのは、私が汚れているから』と」
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