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「甘えてくれないし、我が儘も言わないし。……本当に俺のこと、好きなの?」
一年半付き合っていた彼から振られたのは、付き合いたての頃よく二人で行っていた、お洒落なカフェでだった。
好きだよと伝えたかったのに、別れを決め込んでいる彼に天宮優奈はなにも言えず、ただ黙り込んでしまう。
気合いを入れて着てきた、上品な白いレースのワンピース。
同い年の子よりも幼く見えてしまう童顔な優奈が、年上で落ち着いた雰囲気の彼に少しでも近づこうと、最近購入したばかりのものである。
だからそれがよけいに、優奈の惨めさを増させていた。
「じゃあ、優奈……元気で、な」
縋りつき、嫌だと言えばよかったのだろうか。そうすれば、彼は思いとどまってくれたのだろうか。
考えたところで意味はないと分かっているのに、優奈は何度も何度も頭の中で考えた。
そうしないと、彼の目の前で無様に泣いてしまいそうだったからだ。
しっかりしろと己を叱咤し、優奈はこぼれ落ちそうな涙をなんとか抑えた。そして、昂った気持ちのままカフェをあとにする。
「……また、か」
何度あの言葉を告げられ、振られたのだろうか。
好きなのかだなんて、付き合っている時点で好きに決まっているというのに。
それなのに、どうして毎回毎回そんなことを言われ、別れを切りだされなければならないのだろうか。
酷く痛む胸に奥歯を食い縛り、路地裏に回って空を見上げた。
一度も染めていない濡れ羽色の長い髪の毛が風にそよぎ、優奈を切なく見せる。
――雨、降りそう。
降って、降って、この涙を隠してくれればいい。
そう願ったからか、神さまが優奈を哀れに思い、雨を降らせてくれたのかもしれない。
初めはぽつぽつと少しの量だったのに、眦を伝って落ちる涙に比例するかのように雨が激しくなり、ついに優奈は声を出して泣いてしまう。
ザーザーと強く降ってくれる雨のおかげで、声は周りに届かずにすんでいる。
物陰にひっそりと隠れて泣いているため、優奈は誰にも気づかれず、思う存分泣き続けられた。いや、泣き続けられると思っていたのだ。
しかし――
「こんなところで、傘もささずに……」
不意に鼓膜を震わせた冷たい声に反応し、優奈の顔が上がった。
そんな彼女の瞳に映ったのは、とても優しい瞳をした綺麗な男性の姿である。
「…………ッ」
心が凍りそうになる声とはあまりにも違う彼の眼差しに混乱し、優奈は息を呑んで固まった。
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