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調査対象である夫に知られるわけにはいかない。
この場合、依頼主である美子と探偵は初対面を貫く必要がある。
俊夫に殺意がなかった場合、夫婦間に亀裂が入るからだ。
(結局、そんな配慮は無駄だったけど……)
だから、いつもと同じようにフットバスを使いながらも、美子はリラックスをした服装ではなかったのだ。洋服だけなら、着替え忘れたのだと言い訳が立つ。フットバスはいつもの習慣だからやらなければ怪しまれると思ったに違いない。
「先生が言ってることは分かります。だから被害者はフットバスとか使ってたんですよね。いつも通りにしようとして。洋服は気合が入ってましたけど、それは着替え忘れたとか、言い訳できますよね」
「リラックス時の彼女の様子は知らないが、不自然ではあった。あれでは日常を装っているようにしか見えない」
「スカーフってマフラーみたいなものですよね……だとしたら、巻かないってことですか」
「スカーフは一点ものだと言っていた。それにマニキュアが零れたらどうする? あれは落ちないぞ」
フットバスの中の足の爪を見ても、非常に落ちにくい塗料であることに間違いはない。
「つまり、僕が一人で遺体を発見していたら英司の言う通り、最も容疑濃厚な容疑者になっていた。たとえ僕が岸さんから相談を受け、呼ばれたのだと言っても、岸さんがそれを否定したらどうしようもない」
「……」
「それがそうならずに済んだのは、君がいてくれたからだ」
証拠はなくとも、三枝が一緒に移動したことで紗川は証人を得られた。
しかし役に立てたと喜ぶことはできなかった。
「先生は……ただ、人の役に立とうとしただけじゃないですか。どうせ今回の件だって報酬をもらおうとしてなかったんじゃないですか? 請求したとしても交通費くらいですよね。だって――」
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