7/7
2041人が本棚に入れています
本棚に追加
/160ページ
「榊よ」 月詠尊に呼ばれ、身につけた洋装から眼を上げると「界を開いてみよ。現世(うつしよ)だ」と仰せになった。 儂は無意識に、片手を肩の位置まで上げる。 すると、河のほとりに扉が現れた。 「よし」 月詠尊は満足そうな顔をされ、儂に頷く。 「戻れ、榊」 「なんと?」 呆けたように儂が聞くと、月詠尊は 「俺が呼ぶまで現世におれ と言っている。 お前は現世にて界の番をするのだ。 首の紅い線は残るが、お前の身体はまだ現世にある」と... また、会えるのか? 玄翁や浅黄に 泰河や朋樹にも 儂は里に戻れるのか? 「月詠様... 」 とても、言葉にならぬ。 「お前は美しい。傍に置いておきたくはあるが、じっとしておれる性分でもあるまい。 現世にて駆け回っておるがよい。 扉に入る時、会いたい者共を心に想い描け」 「榊さん、またね。 似合いそうなワンピースを作っておくわ」 儂は 娘を抱き締めた。 扉を開くと、青空に四の山の秋の木々。 懐かしく愛しい者たちの匂いが胸を占める。 「榊」 月詠尊は 儂にくちづけた。 「行け」 呆けたまま足を踏み出すと 背後で扉が閉じた。 扉が消えると、秋の颯爽とした日差しの下の (いばら)にからたちの白い花 泰河が、花から儂に眼を移した。 ********   「狐」竹取物語 了 本編の物語は「万象」次の巻     第二部「花の名前」に続きます。
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!