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「榊よ」
月詠尊に呼ばれ、身につけた洋装から眼を上げると「界を開いてみよ。現世だ」と仰せになった。
儂は無意識に、片手を肩の位置まで上げる。
すると、河のほとりに扉が現れた。
「よし」
月詠尊は満足そうな顔をされ、儂に頷く。
「戻れ、榊」
「なんと?」
呆けたように儂が聞くと、月詠尊は
「俺が呼ぶまで現世におれ と言っている。
お前は現世にて界の番をするのだ。
首の紅い線は残るが、お前の身体はまだ現世にある」と...
また、会えるのか?
玄翁や浅黄に 泰河や朋樹にも
儂は里に戻れるのか?
「月詠様... 」
とても、言葉にならぬ。
「お前は美しい。傍に置いておきたくはあるが、じっとしておれる性分でもあるまい。
現世にて駆け回っておるがよい。
扉に入る時、会いたい者共を心に想い描け」
「榊さん、またね。
似合いそうなワンピースを作っておくわ」
儂は 娘を抱き締めた。
扉を開くと、青空に四の山の秋の木々。
懐かしく愛しい者たちの匂いが胸を占める。
「榊」
月詠尊は 儂にくちづけた。
「行け」
呆けたまま足を踏み出すと
背後で扉が閉じた。
扉が消えると、秋の颯爽とした日差しの下の
棘にからたちの白い花
泰河が、花から儂に眼を移した。
******** 「狐」竹取物語 了
本編の物語は「万象」次の巻
第二部「花の名前」に続きます。
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