藤壺の君

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「今日から藤くんと一緒に営業回りなんだって。よろしくね」 「源二、義弟だからって馴れ馴れしくするな。会社内では上司と部下だってことを忘れるな」 「はーい。藤主任わっかりましたぁー!」  強面の顔に悪戯小僧のような笑みを浮かべて敬礼をする、真新しいスーツに身を包んだ長身の青年を見上げて溜め息をつく。  この青年、源二は俺の妻の弟だ。妻は幼馴染みなので、四つ年下の源二とも幼馴染みという間柄だ。この春から俺と同じ会社に入社した源二は、新人研修を終えて俺のいる営業部に配属された。人懐っこい源二には営業はぴったりだとは思うが、同じ部署は勘弁して欲しかった。何故なら……  脳裏を掠めた映像を素早く打ち消し、得意先に渡す書類の確認をする。此処は会社で、源二は部下で、愛する妻の弟で……。喉の奥で呪文のように唱え続け、確認の終わった書類を鞄に詰める。 「藤くん、腹減ったよぉー。休憩しよ」  得意先を二件回り、会社に戻る途中で騒ぎだした源二。腕時計に目をやると、もう少しで一時になろうかというところだった。 「あぁ、もうこんな時間か。飯は持ってきてるのか?」 「持ってなぁい。藤くんは姉さんの愛妻弁当?」 「まぁな。其処のコンビニで何か買ってこい。確かこの先に公園があったから、そこで休憩していこう」 「了解!」  ピシッと音が鳴るような敬礼をしてコンビニに駆けていく源二。俺より大きくなったその広い背中を眺めながらコンビニの店先に向かい、胸ポケットから出した煙草を咥え、胸の内の浅ましい思いと共に吐き出した紫煙を燻らす。 
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