温もりは、あなたと

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温もりは、あなたと

 静かな部屋に、キーボードを叩く固い音だけが響いている。私はそれを聞きながら、湯気立つマグカップを傾けていた。  口の中に広がる甘さと、仄かな苦み。ミルクのまろやかさが舌を包んで、その液体は喉を過ぎていく。鼻から芳しさが抜けていき、私はほう、と息を吐いた。  冬も深まる一月の末。私は今日もタカヤの部屋に来ていた。放課後は真っ直ぐ帰宅せず、彼の家に寄る。そして、適当に時間を過ごして帰るのだ。その間に彼と話すこともあれば、一言も交わすことなく帰る時もある。そういう時は大体、タカヤが締め切りに追われている時だ。  ライターの彼に休みはない。私が来ても部屋にいない時もある。合鍵を持っているので、中に入って取材に出かけた彼の帰りを待つことも時々あった。  私とタカヤの関係に、名前はまだない。私は彼の恋をしている。彼の気持ちはわからないし、聞かなくてもいいかな、とも思っている。  持ってきた本を手に取って、一度タカヤの背中に視線を送ってみたが、振り返ってくれることはない。振り返って目が合えば、少しだけ心が温かくなるのに。そんなことを思いながら、私は表紙を捲った。  彼は今、締め切りに追われていた。     
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