序章 第一話 君に継ぐこの願いを。

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――運命と言う言葉なんて、所詮はまやかしでしか無いのかも知れない。少女は腰辺りにまで伸びた黒の髪を風に靡かせ、何時も欠かさず訪れていた丘から街並みを見下ろしていた。辺りに広がる青く澄んだ空を仰ぎ、彼女は誰に言う訳も無く一言だけ声を潜めて呟く。 「変わらないわね、この街は……」 少女、とも形容出来ようその容姿からは、とても信じ難い事だが。まるで昔を懐かしむ様な口振りをぼやき、アッシュブラウン色の双眸を見開き、軈て聞こえてきた足音の方へ踵を返して振り返る。と、階段を登って来たであろう青年が不意に彼女を視界に捉えた。 ビシャーンッ 波打つ荒波、将又(はたまた)雷鳴を想わす轟音が突如彼の出現と同時に周囲に響き渡る、否。反響しているのだろうか、終いに稲光を空中に引き起こしたそれに近い光は彼方へと線を描くように散って行く。 虚なままに、少女はその光景をただ、当たり前のように眺めた。そうしてから、切なそうな眼差しを空へと向け遣って、彼女ははぁっと小さく溜め息を漏らす。何時もとは違う情景が、少し新鮮だったのか、単に轟音が耳障りなだけなのか。 表情さえ見てとれない顔を浮かべ、少女は長袖にフードが着いたジャンパーを改めて着直す。顔を覆い隠して半ば外部から自身の存在を消して、古(こ)に言えば忍のようにその外見を周りからは見えない風に装っていたのだ。 何時からだったか、少女はあの瞬間を目の当たりにしてから自身の存在を否定するようになった、どうしても拭いきれないこの連鎖(メランコリー)が嫌だった事がその要因の最もな理由なのかも知れないが。 『君も、この景色を見に来たの?』 「……」 彼女は応答しない、ただ無表情に冷たい眼差しを声をかけてきた青年へと向ける。それしか対応の仕方を知らなかった為だ、人との会話(コミュニケーション)等少女は全く分からないままに不意に振り返ってまた直ぐに空を見上げた。 『さっきの音、雷だったのかなぁ、ちょっと気になって観測しに来たんだけど。君も聞こえたでしょ?』 「確かに聞こえたわ、だけど。あれは雷とは違うの、あの轟音は……」 と、珍しく彼女の方から会話を紡ぐ刹那。突如鳴り響く街中のサイレンがして間も無く、少女は再び口を閉ざす、そして青年が驚きながら顔をしかめて言った。何か、あったのかなと、呟く。
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