第四話  六芒星

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*・・  三日後。  美代子に呼ばれて、“クラブ・光華”に遣って来た瑠衣は、【向日葵】の絵の前で腕組みをして待ち構えていた竜司に捕まった。  逃げ出す隙を与えず、腕の中に捕縛したのだ。  ついに冬彦を取り戻した高揚感で、幸せ一杯。気分は上々だ。(人生は楽しくと、大声で叫びたいくらいだ)  「お前は俺の女だ。十二年前の、あのコテージでの夜も。俺は確かにお前にそう言ったな」  「光子だと思っていたくせに。なんて図々しい男なの」  蹴りを入れようと暴れる瑠衣が、竜司にはとても好ましい。冬彦が大好きな二十歳だった頃の竜司を、彼はやっと取り戻したのだ。遠く過ぎ去った日、彰人が「隣の瑠衣はお前好みだよ」と言っていたのを思い出した。こういう事だったのかと、大いに納得した。  「これは俺の女だ」  脈絡も無く、突然に確信を持った。瑠衣を手に入れれば、鬼に金棒。この世には、怖いものなど何もない。  「何としても手に入れなければ、俺は破滅だ!逃がすものかッ」、決意が溢れ出る。  死を前にして。病院のベッドの上で彰人が竜司の耳元で呟いた言葉を、竜司は忘れちゃいない。彰人は言ったのだ。  「もしも運命の出会いをしたら、諦めてはダメだよ。しっかりと捕まえておくんだ」  「でも叔父さん、どうしたら運命の出会いだって解るんだ」  彰人叔父さんはかすかに微笑むと、かすれた声でまた呟いたのだ。  「見詰め合っただけで、身体が熱くなる・・幸せな気分になるんだ・・よ」、そしてひとつ大きな息をした。  それから彰人は、長い眠りについたのである。  「あの時、光子の名を呼んだのは俺が悪かった。謝る!だからもう一度、竜司と冬彦に戻って遣り直そう」  「何を勝手なことを言ってるのよ。もう十二歳の子供じゃないって、何度言ったらわかるのよ」、瑠衣が竜司に平手を見舞う。  「冬彦、お前は俺の女だ」、世迷いごとにしか聞こえないセリフを吐くと。赤い手形を顔に貼り付けた竜司が、怒りに任せて瑠衣を捕縛する。  ディープなキス攻撃に転じた。  「ねぇ、あんた達。いい加減になさい」  「ここはアタシの店の中なのよ」、美代子が𠮟り付けるが、一向に効果がないようで。  「さぁ、この婚姻届けにサッサとサインするんだ。丁度いい具合に、美代子さんとバーテンダーという、立派な立会人が二人もいるんだからな」  竜司が突然に言いだした更なる世迷いごとに、蒼くなって瑠衣が抵抗しているが。少しづつ・・瑠衣の抵抗が弱まって来ているのを、美代子は素早く見て取った。  もしかしたらこれって。彰人が企んだ運命の赤い糸が、どうにか繋がったってことかな?  「すごい荒療治だわ」  美代子は【向日葵】に目をやると、バーテンダーが差し出したドライマテニィーニのグラスを受け取り。  「乾杯」、軽くウィンクをした。  その横では。真剣な表情の竜司と、信じられないものを見た思いの瑠衣が、婚姻届けをめぐって・・まだ格闘中だ。(客のいない夜で、本当に良かったわ。彰人もやりすぎよ)  美代子が心の中で愚痴る。  (そうだね)、彰人の呟きのように。壁の『向日葵』が一瞬だけ、光に輝いた。  *・・“クラブ・光華”のドアを開け。不倫屋の美代子を訪ねて、今夜も寂しい女やって来る。愛も恋も諦めた、冷めた笑みを浮かべた女が、椅子に座り。バーテンダーにカクテルを注文する・・*                                                           第四話  完
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