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このドアを開けてくれ
バレンタインの今夜は、誰もかれも帰るのが早いみたい。
私がお仕えする専務も、愛しい奥様とお嬢様の待つお家へ早々と帰っていった。
――さて、と。
仕事が全部片付いた午後8時。あの人がまだ社内にいるのは、把握済み。専務秘書の私は、役員と秘書の出退勤を知ることができるのだ。
常務室は、私の職場である専務室の斜め向かいにあった。鞄とコートも持参して向かう。いつでも逃げ出せるように――じゃなくて、そのまま帰れるように、準備万端だ。
緊張を吐き出すように深呼吸してから、ノックを3回。ゆっくり叩くと、すぐに内側へと扉が開いた。
「どうした」
常務の秘書――同期の新崎融だ。
「……お疲れ様」
いざとなったら、そう言うだけで精一杯になってしまった私に同じ言葉を返しながら、新崎は素早く視線を走らせた。
私のコートに隠れた紙袋を見つけて、元々鋭い視線が険しさを増す。
新崎は素早く部屋の外へ出ると、ピタリとドアを閉めた。
「お前まで、バレンタインだとか言うんじゃないだろうな」
「……だったら、どうなの」
「今日この部屋に、何人そういう女が来たと思ってる」
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