25人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
僕と千代にとって大切な日であろうと、日常は日常であり、仕事は仕事だ。同じ職場であっても、部署が違うとあまり会うこともない。彼女を見かけることなく、お昼になった。
彼女の部署は、僕の部署と比べて残業が多い。今夜の約束はあらかじめ伝えてあるが、仕事の都合によっては僕の計画が狂ってしまう。
この機会を逃したら、僕はきっともう前に踏み出せなくなってしまう気がする。なんとしてでも今夜、計画を成功させなくては。
昼食を済ませた僕は、外の寒さと武者震いでブルブルしながら、エレベーターに乗り込む。
エレベーターは昼食から帰ってきた人達で割と混雑している。僕は今夜のプランに穴がないか、もう一度頭の中で確認する。もう何度も繰り返しているせいか、確認作業自体に慣れてきた気すらする。
「お疲れ様、修くん」
ハッと我に帰って顔を上げるとそこには彼女が立っていた。気がつけばエレベーターの中は二人だけになっている。どこの階から乗ってきたのだろう、全く気がつかなかった。
「会社では名字で呼ぶって決めたじゃないですか、他の人に聞かれたらどうするんです?新堂さん」
僕は動揺を誤魔化すように答える。
何かと都合が悪いので、僕らの関係は会社の人間には隠している。呼び名もその対策の一環なのだが、どうも、彼女は僕のことを同僚に自慢したい節があるようだ。二人きりならまだ良いが、たまにこうして、意味深な行動を会社の人間の前でやるものだから、非常に焦る。
「失礼しました、篠原係長」
彼女は、わざと大袈裟に、深々と頭を下げる。僕の反応を面白がっているようだ。
「今日のディナー、楽しみにしてるわね。仕事が終わったら呼ぶから迎えに来て」
と彼女はニヤニヤと笑いながら言う。言葉を返そうとしたが、それより先にエレベーターの扉が開く。
彼女は僕を振り返ることなく、スタスタと出て行ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!