荊の雪路

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眼鏡越しの黒い瞳が俺を射抜く様に鋭い。 自分の赤い顔を見られたくはない。 じっと見ているの変に思われる事も嫌い、 それなのに、完全に顔を背けたら 陽田の双眼を視界の端に残す事も叶わない。 結果中途半端に俯き、 目線を雪で濡れた足元と陽田の顔を往来させる。 「・・・過呼吸、ではないようですね。 顔が赤いですが、まさか熱ですか?」 「っ!だぁー!ベタベタ触んじゃねぇ! この社畜メガネが!」 再び俺は羞恥に任せて陽田を振り払う。 そして、顔を上げて目に入るのは やはり白い牙城に見える伊桐の家だ。 この家に俺の居場所なんて最初からなかった。 「そんなに辛い日々でしたか?」 「・・・」 陽田に俺が持つ全ての記憶を渡して それで分かってくれたら良いのにと 口を開く努力を嫌う俺の耳には 伊桐のおばさんの金切り声が聞こえる。 思えば俺は、最初から歓迎されてなかった。 彼女は小さい娘を抱いたまま おじさんが連れ帰って来た俺を見て 少し顔が曇った事は今でも忘れてない。 優しいおじさんを尻に敷いて さぞ満足な日々を送って居たのだろう。 それでも、最初の頃は 娘の面倒とパートの仕事を両立させながら 両親を亡くした俺を慰めてくれたのだが。 だから、最初の顔は俺の気の所為で この人も優しい人なんだと安心しきっていた。 不思議だったのは 彼女を見て口元を隠す近所の女の人達。 何故、そんな事をするのか理解出来なかった。 それに腹を立てて、尋ねたのが運の尽きだった。 その日の夜、彼女は堰を切ったように 俺の尻や背中に自分の手を叩きつけた。 何故なのかが分からなくて 涙が止まらない幼い俺は必死に 「ごめんなさい」と叫んだ。 痛みに苦しみながら泣いて眠った。 その日以来、俺が誰かと喧嘩するたびに 木ベラで叩き始めるようになった。 まぁ、これは俺が悪いんだろうなと分かる。 分かってはいるんだ。 けれど、全部俺だけが悪い訳じゃない。 なのに、それを分かって貰えない事が悲しかった。 話を聞こうともしない態度が腹立だしかった。
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