『怪獣メタモルフォシス』

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『怪獣メタモルフォシス』

「てめえはさっさと怪獣に踏み潰されて死ね、クソが!」  俺は脱いだスーツを床に叩きつけて叫んだ。その瞬間に崩れ出す天井。怪獣は慈悲も是非もなく、すべてを薙ぎ払って行く。理由はそれが可能だから。上司はとにかく身嗜みに口を出す。理由はそれがルールだから。どちらが美しいか。そんなの一目瞭然じゃないか。やべえのはルールの必要性を考えることもなくハナからそれに従って、当たり前のように他人に押し付けるてめえの頭だよ、バァカ。  話は八時間前に遡る。いや、もっと言うと二十年前。しかし、八時間が二十年だったところでさしたる違いはない。何故ならこの二十年間、この国は一ミリたりとも前進などしなかったのだから。  その結果が、つまり今だ。二週間前に受信したバイトの合格メール。卒業後も定職に就かず、その場凌ぎにバイトをしては辞めを繰り返している内に気付けばアラサーになっていた。中学の同級生には起業した奴も居るし、会社で頭角を現し早くも部長に昇進した奴も居ると風の噂で耳にした。風の噂と言っても、現代では公も私もなくSNSで繋がってしまった結果、ご丁寧にも直接繋がっていない相手の近況さえもウィンドウは表示してくれる。 それに対して俺に取り得る唯一の防衛策は、咄嗟に目を逸らすことくらいだ。  そういう訳で、俺はまたネットで見付けた新たなバイトに応募した。空港の利用者満足度調査の為にアンケートを取る仕事。無駄に分厚いアンケート冊子に答えるのと引き換えに手渡される、夜の空港の外観がプリントされた薄っ平なタオル。果たしていつ死ぬとも限らない人生の貴重な十五分間を割いてまでこんなもの欲しがる人が居るのだろうか。と言うより、このタオルは果たして人様の人生の十五分間を奪うに見合うものなのか。その奪われた十五分間の千人分で、この空港の一体何がどう良くなるのだろう。そもそもアンケートなんて、選択肢の設定の仕方次第でいくらでも好きな結果を得られる。つまりはマッチポンプだ。予言の自己成就を死ぬまで繰り返しながら、正しく人は死んでゆく。そこに何の意味があるのか、と問いたくもなる。特にこんな、阿呆みたいな上司の下で虚しい仕事に付き合わされた日には。
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