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「ご飯できたよ」
真奈美の声はいつもと変わらなかった。オレが椅子を引くころに茶碗にご飯をよそって、着席するタイミングで静かにテーブルに置き、湯気の上がる味噌汁を隣に並べてから、甲斐甲斐しくトングでサラダを取り分ける。
「いただきます」
味噌汁をすすりつつ、お椀に隠れてチラリと真奈美の表情を盗み見たが、落ち込んだり悲しんだりしているような様子はない。けれど、あのデスクトップのファイルは真奈美がわざわざ録音したものだ。オレが見るとわかっていてあの場所に保存したのだろうし、こうして目の前で食事をしているオレが既に確認済みであることもわかっているはずだ。なのに、真奈美はなにも言わない。本当にうっかりデスクトップに保存してしまっただけなのか。だが、いずれにせよ真奈美がオレの悪事について把握しているということには違いない。
真奈美とは今まで、言い争いしたことすらほとんどなかった。どちらかといえばオレに非があるようなことでも、最終的には意見を通してくれていた。けれど今回のことは「どちらかといえば」ではなく「完全に」オレの不祥事だ。なのに真奈美は、やっぱりなにも言わないのだろうか。
「……強志?」
真奈美が少し顔を覗き込みながら尋ねた。
「ん」
「お醤油。いる?」
「あ、うん。ありがとう」
駄目だ。
さきほどから真奈美の話しかける声がまったく耳に入ってこない。
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