1.川村強志

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1.川村強志

「なんか、すっごいコワイ顔」  早々と食後の歯磨きを終え、時間を持て余したらしい広田がデスク越しに声を掛けてきた。いい歳して、猫のキャラクターがついたポーチをぶらぶらさせている。持ち物も立ち振る舞いも少々子どもっぽいが、数少ないオレの同期だ。暇さえあればやたらと話しかけてくるが、特に用もなければオチもないので最近は適当な返事でごまかすようにしている。 「ん? そんなに難しい顔してたか」  はっきり言ってあまり気の合う方ではない。プライベートに関する相談をするなんてもってのほかだ。  もうすぐ三回目の結婚記念日がやってくる。しかも、その日は同時に妻・真奈美の誕生日でもある。贈り物をすること自体苦ではないけれど、付き合っている頃も含めるともうかなりの回数になり、正直ネタも尽きてきたというのが本当のところだ。  せっかくなら、真奈美を思って買ったようなものがいい。いつもは一週間前くらいに行き当たりばったりで買うことが殆どだ。ああでもないこうでもないと悩んだ挙げ句、最終的に「これでいいや」と投げやりで決定することになる。今回は反省の意味も込めて、一ヶ月程前から意識してみたが、時間があろうとなかろうと悩むものは悩むのだと学んだだけで、結局いつもと変わらなかった。  近づくその日に若干焦りを感じながら、昼休みの間中ひたすら雑誌をめくってヒントを探していたところだ。間違えて広田に口を滑らせようものなら、大げさに騒ぎたてるに決まっている。  結婚記念日?  優しいのね。  あっ、課長、川村君のところもうすぐ結婚記念日なんですって、等々。  考えただけでもうんざりする。オレは再び口を結び、黙って雑誌をめくり続けた。 「うん、なんだか眉間のしわが深くてせっかくのイケメンが台無しよ。って言うかそんなことよりさ、ちょっとお願いがあるんだけど」  そんなことよりって何だよ。オレにとっては一大事だというのに。コイツは言葉選び一つとっても無神経でイライラする。しかも、女性の切り札とばかりに上目使いで出す甘えた声。そんなのオレには何の効果もないっていうことにそろそろ気付けって。
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