01:血の臭い

1/7
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/162ページ

01:血の臭い

 雑踏に溢れる悲鳴と叫喚。辺りは文字通り騒然としていた。  夏の昼下がり、アスファルトからの照り返しが作る蜃気楼。三十五度を超える猛暑は狂気さえ作り出すのか。白く歪んだ街、たくさんの足音、響くサイレン。現実味のないそれらが、一度に湊斗(ミナト)の耳へと入ってくる。ただでさえ人口密度の高いこの街、ひとたび事件が起きると、更に空気が重くなり息苦しさが増す。酸素濃度が低下する、そんな錯覚。この夏、こんなことは何度目だろうと、湊斗はぼやっと考える。  昔からの軒並みと新しい店が混在した商店街、彼は老舗金物屋の入り口でふと立ち止まり、通行人の会話に耳をそばだてた。血が出てる、誰か死んでる、救急車。人の命に関わる何らかの事件が起きているのに、彼は不謹慎にもにやっと笑い、その顔を他人に悟られぬよう、野球帽のつばでそっと顔を隠した。たくさんの人間が湊斗の前を過ぎ去り、時にガタガタ震えるもの、泣き叫ぶもの、助けを求めるもの、様々いたが、それでも彼は湧き上がる感情を抑えきれずにいた。     
/162ページ

最初のコメントを投稿しよう!