新年編(ひねくれ猫) 3 正直者の反対言葉

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 笑っちゃうよね。  でも甘い物好きなんだ。  美味しいものも好き。  だから、仕方ないでしょ?  明日、お互いに帰省なんだからって言ったくせに、柚葉が激しくしないって言ってたのに、なんで自分から言っちゃうのかな。  激しくして、なんてさ。  はっずかしい。 「あ、あ、あ、やだ……あ、深っ、ぁ、柚葉っ」  でも、すごく気持ち良くて。 「キス、も、欲しっ……ン」  すごく、美味しい。 「はっ、あっ……はぁっ……あ、あ、あ」  柚葉の首にぶら下がるように腕を絡めて、突き上げられるままに甘ったるい声を溢して。 「あぁっ」  激しくされたら、ほら。 「あ、イクっ、ぁ……あぁぁぁぁ!」 「……京也」 「ン……ぁ、あ、柚葉の……中でドクドクって、ぅ……ン」  でも、仕方ないじゃん。こんなじゃなかったんだもん。柚葉とするのはまるで違ってたんだもん。  ねぇ、知ってた?  キスってさ、触れ合うだけで、震えるくらいに気持ちいいって。抱いてもらうのって、気持ちいいだけじゃなくて、なんかふわふわするって。身体の中がトロトロでドロドロで、けど、幸福感に胸が躍るような心地になれるって。 「京也」  知ってた? 「あ、や、ウソっ……ぁ、今、イッた、のに」 「京也が言った」 「あ、あ、あ」 「激しくしてもいいって」 「あ、あぁぁぁっ」  首にしがみつく俺の腕の内側、柔らかくて白い腕に柚葉が歯を立てた。カリって。ただそれだけのことで、もう溶けちゃうんだ。  年下で、やんちゃでぶっきらぼうなこの男の全部を独り占めしたくて、それで、理性も溶けちゃう。だって全部欲しいんだもん。仕方ないじゃん。  美味しいものって誰でも好きでしょ? 「……絶倫バカ」 「京也限定だ」 「っ……もぉ、ホント……」  美味しいものって、誰だってずっと口に含んで頬張ってさ。 「……ン、バカ」  食べちゃいたく、なるでしょ? 「ふわぁ……」  つい、大きなあくびが出ちゃったじゃん。新幹線の中、大人なのにおっきな口あけてあくびなんてしちゃったじゃん。  絶倫バカな柚葉のせいだからね。 「……」  なぁんて言っても、今、柚葉は別の新幹線の中で自分の実家へ向かってる最中だけど。だから、文句を言ってもあの減らず口は返ってこない。今頃、寝てるかもね。朝方まで…………してたから。 「……」  退屈。  あと新幹線で三十分もあるし。一人だし。出発するのが慌ただしくなったせいで、イヤホン忘れたし。駅構内にある雑貨店で売ってそうなところもあったけど、安いのじゃ音質悪いから、逆にイヤだなぁって思って、買わなかった。スマホでゲームなんてしないしさ。  すごーく、すごーく退屈。  なんか小腹も空いて来ちゃったじゃん。  もちろん、朝方まで絶倫バカな柚葉に付き合って、それから少しだけ寝て、寝坊なんてしたものだからお弁当も何も買ってないしね。駅着いたら、何か買おうかな。 「…………」  ポッキー、買おうかな。  なんと、なく。  全部なんて食べないよ。健康優良高校生じゃあるまいし。お菓子一箱ぺろり、なんて食べないでしょ。だからこそポッキーがちょうどいいかなぁって。  明日、三日には柚葉がこっちに来るって言ってたし。いや、いや別に、そういうことじゃないけどさ。なんていうの? 剣斗君に話して、そしたらなんか懐かしくて食べたいなぁって思っただけのことだよ? 別にそういうのじゃないし。美味しいじゃん。サクサクしてて、チョコレートが甘くて。  ただそれだけだし。  っていうか、本当に明日来るつもり?  今日、パパーっと新年の挨拶だけして? もう帰っちゃうの? ってなるじゃん。親御さんがさ。もう少しいた方がいいんじゃない? あんま柚葉は帰省しないんだから、お正月くらいさゆっくり実家にいたって。  ――明日何時になるかわかんねぇけど、夕方までにはそっちに行くからさ。日本酒でいいよな?  別に時間とか気にしてませんけど?  日本酒とか、別に気にしないでいいですけど? お構いなく、ですし。  っていうかそれ持ってご両親と飲んだりすればいいじゃん。  ――それじゃあ、またな。  何、あの余裕そうな感じ。それと、それとさ、なんなの、実家に挨拶に行くからみたいな感じ。何嬉しそうにしてんの? そんな本気交際みたいなのとか、柄じゃないんだってば。キャラじゃないの。俺の過去とか知ってるでしょ? ねぇ、そんな上等な物じゃないんだって。大事になんてされてもさ。 「……」  くすぐったくてたまらないだけなんだって。  そこでスマホがブブブって振動した。ただそれだけでさ、ほらね。 「……」  メッセージの送り主は誰かなって考えて、ほら、ワクワクしてる自分がいる。  ――今何してる? 「……」  ほら、嬉しそうにしちゃう自分がいる。恥ずかしい。起きて、俺にメッセージをくれた、ただそれだけでこんなに嬉しい。年下で我儘でぶっきらぼうで無愛想なあいつからの言葉が嬉しくて、けどそれもくすぐったくて恥ずかしいから。嬉しくないフリをしちゃう。いっつもそう。照れ臭いじゃん。恥ずかしいじゃん。そして正反対の言葉を言ってしまう。  ――寝てます。  ほら、ね? 起きてるから返信できるんでしょ? なのになんなのこの天邪鬼な返信。まるで「話しかけないでください」みたいなさ。こんなわけのわからないことを返信してしまうくらいにさ、明日には柚葉がこっちに来てくれる、ただそれだけのことで、こんなに胸のところがはしゃいで仕方がないんだ。 「あーあ」  だから、ふと窓の外を眺めがら、早く逢いたいなぁって数時間前に「またあとで」と挨拶をした愛しくて恋しい年下男のことを考えていた。
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