白い日にち

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「さて……どうしようか」  思い浮かべていた河本さんの姿が、絵に水を垂らしたように滲んで淡くなり消えていく。そうすることで、部屋の状態に意識を向けることができる。  脱いだスーツは座っているイスに、昨日から掛けっぱなしにしている。  テーブルの上には営業のために使う商品のパンフレット。開きっぱなしのスケジュール帳。ペン立てに刺さっていないボールペン。ガラスのコップには昨日飲んだワインが少しだけ残っている。東京タワーの置物にはホコリが被っている。  そういえば、シンクの中の食器も洗っていない。玄関の靴もスニーカーとブーツと通勤用の革靴が出しっぱなしになっている。  布団も今週は敷きっぱなしだ。天気がいいのだから、今日は干しておこう。  やることは決まって、ためらいやわずらわしさもなく、だからといって手早くもせず淡々と片づけて、掃除機までかけた。  ここまでの作業で一時間はかかる予定だったのだが、実際には三十分で終わってしまった。忙しかった一週間の出来事がハイライトのように脳内で流れていたから、掃除を入念にしなかったのが原因かもしれない。  時間は正午になる三十分前。朝食が遅かったから、昼になってから料理に取りかかろうと決めていた。  だからといって、映画を観ようという気にはならない。  外に出る気力があれば、晴れた空の下で散歩にちょうどいい時間なのだが、服を着替えることさえ面倒くさい。  イスに座って、物が少なくなったテーブルの上をただぼんやりと見つめて、さっき滲んで消えてしまった河本さんの姿を、もう一度描こうと心の筆を取ったが、声という絵の具がないと上手く描けない。テーブルの上は殺風景なままだ。
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