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 柑橘類の爽やかな香りを胸にどっさり抱えたラングが異変に気付いたのは、初夏の日差しを避けて銀行の前の木陰に入ったときだった。  ラングは赤いカーリーヘアの二十六になる若者で、人好きのする顔をした友達想いのいいやつである。歌がうまい。自称"哀愁の詩人"だそうだが、誰がどう見ても陽気な音楽家だった。  同い年のマーロは、オールバックにまとめた髪も眉毛も黒々と凛々しい、甘いマスクのハンサムである。背が高く、肩幅も広い。とにかく冗談が下手だが誠実で、手先は器用なくせに生きるのは不器用だとご婦人方には大人気の相棒だ。  少年の頃、二人は地元では知られた悪童だった。といっても田舎のことで、近所に二人を知らない者はなかったが、そのほとんどが親の顔も知っているという狭い社会だった。その頃からの付き合いだから、二人はもうほとんど兄弟同然に育った。勉強もケンカもいたずらも、その出来不出来はともかくとして、何をするにも一緒に生きてきた。長じるにつれ趣味も性格もどんどん違って言ったのだが、不思議とこれまで仲違いをしたことがない。     
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