184人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
嵐の夜
暑い夏を超えて穏やかな秋を迎える。人生とはそう言うものだと思っていた。誰の人生にも四季があり、最後にひっそりと生涯を閉じる。それがいいのだと思っていた。しかし、改めて考えると仕事優先の人生では、家族に彩られた季節は無かった。気がつけば、一人吹雪の中に取り残されていた。
「旦那様、お食事の支度は出来ております」
「ああ、すまない。葉月は今日は?」
「奥様はご実家の方へお嬢様をお連れでお出かけになりました」
形ばかりの家族の中に自分の居場所はない。
娘は可愛い、この家族を壊す気も捨てる気もなかったが、妻からはとうに見限られている。必要とされていると言う自覚もない、ここを家庭と呼ぶ意味も見失ってしまった。「潮時だな」ふと言葉が零れて落ちた。そう、もうそろそろ潮時なのだ。
「ありがとう、今日はもういいよ。あとは自分でやっておくから」
通いのお手伝いさんが帰ると、部屋の温度が一度下がった気がした。人のいない家の中、冷たい空気に晒されてぶるりと身体が震えた。
後何年生きなくてはいけないのだろう、その期限が来るまでの辛抱だ。頭では解っているが、理解したくはない。お見合いで一番条件のいい人を選び、それが幸せにつながると信じていた。ある程度の財も地位も手に入れた。これ以上何も望むものはないはずなのに納得できない自分がいる。
欲をかいては駄目なのだ。小さくため息をつくと、冷めた味噌汁を暗いダイニングですすった。
そのとき突然、携帯が鳴った。暗がりに火がともるように浮き上がってきた番号は、見知らぬ相手からの着信を知らせていた。普段ならそんな電話には出ない。この電話は私信用のものだからだ。けれど、誰かの声が聞きたかった。誰でもいいから、話がしたかった。
「はい」
「もしもし?父さん?亮也だけれど、駅に迎えに来てくれない?傘忘れてさ」
これは間違い電話だろうか。
「雨が降っているのか」
「え?家の方降ってないの?」
「いや、亮也君、残念ながら君のかけた番号は間違い電話のようだね」
「そんなはず……あれ?え?」
電話はぷつりと切れた。
一体どこの子なのだろう、北海道なのか沖縄なのか。言葉は標準語だったなと考えて窓の外を見た。その時雷鳴が響き、雨が勢いよく降り出した。
最初のコメントを投稿しよう!