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 テーブルの上には母が用意してくれた麦茶グラスが二つ。真夏の暑さであっという間に氷は溶けてしまい、グラスの周りには水溜りができてしまっている。それなのに、全く気にもせず信也はテーブルをバンバン叩きながら笑い続けた。 「それで、結局逃げてきたってのか?」 「逃げたんじゃねえよ。保留だ、保留!」 「断りきれなかっただけだろうが。あ、逃げようとしたけど失敗したってわけね。おまけに追い打ちで逃げ道も塞がれて。あーあ、かっわいそー」  可哀想とは言葉だけで、信也の目は笑いすぎで涙目だ。相談役の人選を間違えたかもしれない。就活のために真っ黒に染めた信也の髪も、大げさに笑いすぎるせいでぐしゃぐしゃだ。 「うるせえよ! 俺だって断ったんだぞ。それなのに、あいつが……」  青天の霹靂のような昨日の出来事を振り返り、奏多はがっくりと肩を落とした。 ――すいません。無理です。付き合えません。  答えなさい、と詰め寄ってきた慶一に奏多は頭を下げてそう答えた。告白への明確なNOだ。こんなに追い詰められて疲弊する前に、もっと早く答えるべきだった。  そう思いながら、深々と頭を下げたのに、慶一の反応は予想を遥かに飛び越えてきた。 ――まあ、そうおっしゃるとは思っていましたよ。この告白で了承するような事はまずないでしょう。  じゃあどうして告白したんだ。  その疑問が口を出るより先に、慶一はふんぞり返った。いや、実際はふんぞり返っていないのだが身長差と真っ直ぐな姿勢のせいで、見下ろされているように感じるだけだ。 ――同性同士ですので、これぐらい言わないとと奏多さんが私の事を意識することなどないでしょう。とりあえず、私の事を意識していただけるようになれば今は満足です。これからあなたを口説かせていただきますので、そのつもりで。 ――え、え、ちょっと待って。俺、今断ったよね。付き合えませんって言ったよな?  それなのにも関わらず、なぜこのタイミングで口説くなどという言葉が出てくるのか。おまけに、その対称がなぜ自分なのか。  理解できない。この慶一という男がまったく理解できない。  目を白黒させていると、慶一がまた「では聞きますが」と言った。
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