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──僕は振り返った。
あの人はまだ、微笑んでそこに立っている。花弁がその人と僕の上に落ちてくる。
もしかしたら、まだ僕とこの人は、どこかのスタジオのセットの中にいるのかもしれない。
ならば、最後にこんなセリフが似合うと思う。こんな満開の桜の木の下で、きっとこんな──。
「お母さん! お元気で、身体に……気をつけて」
その人は、ハンドバッグをまるで赤ちゃんを抱くかのように抱きしめて、しゃがみ込んだ。震える肩に、桜が優しく舞い降りている。
これからの道をどうするのかは、あなたが決めればいいと思った。僕は、その門出に似合う言葉をあなたに捧げて、去りたいと思う。
そして、振り返らずに歩き出した。
風に乗って、ピンクの花弁が僕を追い越した──。
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