トリガー

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トリガー

 こめかみがやたらと熱い。  寺沢(てらさわ)信行(のぶゆき)は上司から発せられる、毎度お馴染みの嫌味をイージーリスニング調に聞き流しながら、そう顧みる。自身、連休明けの出勤だからこの程度の小言でも、牛耳(ぎゅうじ)の間近で黒板に爪を引き立てるようなキリキリとした音に聞こえてしまうのだろう、とも。 『ああ、苛立つ』  寺沢は目を細めて、上司の説教を雑音まがいに転化しようと、試みる。 「だからさあ、寺沢君。稟議書をまとめる際には、重要事項欄はそのまま載せるんじゃなくて、箇条書きにして敷衍(ふえん)してくれって言ったじゃない」  フエンしてくれ? フエンってどういう意味だよ、ソレ。だいたい重要事項自体が僕には把握できていないのに、強引に稟議書を書けって言ったのはそっちじゃないか。 「こんな書類じゃあ、上に提出できないなあ。どうしようかなあ。困っちゃうよ、本当。寺沢君さあ、ねえ、どうしよう?」  おおよそ困惑した台詞とは程遠い上司の顔。それは薄笑いに近い。あからさまに寺沢を嬲(なぶ)って喜んでいる。寺沢も慣れているとはいえ、こうも明快すぎる上司からの嫌がらせに、辟易し始めた。     
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