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桜の木の下で
その日は春うららに暖かく穏やかで、絶好の花見日和だった。
植えられた桜は満開に咲き誇り、花びらが雪のようにヒラヒラと落ちていく光景は、春の美。
花見を楽しんでいる騒がしい人々を余所(よそ)に、花びらが散り落ちた地面しか見ないように下を向いた陰気な雰囲気をまとっている若者がいた。
若者は落ち込んでいた。
知人たちは進学や就職と新たな門出となったが……自分は落ちたのである。
この散り落ちた桜の花びらのように。
(やっぱり外に出たのは間違いだったな……)
気分転換に出掛けたものの気持ちは晴れず、逆に周りの陽気に苛立ってしまい滅入ってしまう。
この不遇な現状は自分の努力不足であると自覚しているが、誰かや何かの所為にしたくなる。
踵(きびす)を返して家に戻ろうとした時、ある一本の枯木(こぼく)……一輪も咲いていない枝だけの立ち木が目に入った。
周りの桜は咲きこぼれているというのに……まるで自分のようだと重ねては安堵してしまう。
「これも桜かな。だったら、桜でも俺みたいなのが居るんだな」
「おやおや、何を言っているんだい。その桜は、もう寿命が尽きそうな老いた桜なんだよ」
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