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壁際にびっちり押し込められたキャビネットと通路にはみ出てきているローチェストの間をすり抜け、部屋の一番奥にたどり着いた。私は出納窓口担当だからそこまで作業量に追われることはない。それでも私の係への配属を希望するものなどいなかった。運悪く配属されたものはただひたすらに異動願を出し続け、じっと時を待つのだ。
気付いた時には私は係で一番の古株になっていた。
パソコンの電源を入れながら席に着く。
すととと、と、肩から駆け降りる小さな黒いモノ。
全身黒と茶色のさび模様で、不揃いな毛並みは艶もなく好き勝手な方向に伸びている。
私の手のひらにすっぽり収まるサイズのそれは、細い手足とはアンバランスに突き出た腹で足元がよく見えないのかしょっちゅう転んでいる。
今もマウスのコードにけつまづいた。
何事もなかったかのように、あたかもそうしたくてそうしたのだといった風情で、転がったままモニタの裏を覗き込んでいる。
毎朝毎朝覗き込んでいるけど、モニタの裏側に一体何があるというのだろう。聞いたところでわかるはずもない。こいつとは意思疎通などできないのだから。そもそも意思があるのかどうかもあやしい。
こいつがなんなのかというと私には説明ができない。わからないから。
私が小学校に入る前くらいからか、いつのまにかそばにいるようになったこいつが見えるのは私だけなので誰に説明する必要も機会もない。
わからないことで困ることなどないので特に追及しようと思ったこともない。追及しようもないし。
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