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 その期間というのも個人差があり、一概にハッキリした数字を出すことが出来ないのが通例だが、颯真に限っては遺伝子情報が他の人よりも細かく、その数字を割り出すことに成功したというのだ。  その期間とは――。 「三十三年……だと?」  現在三十二歳である彼が次の誕生日を迎えた時、急激に体質が変化すると記されている。  一般的に健康的な男子であれば特に問題がない事例ではあるが、颯真の場合は思い当たることがありすぎた。  もう一度、数行前に戻って文章を読み返す。 『一定期間または年齢に達するまでに性交渉がない場合』  つまり――生まれてから一度も性交を経験していない場合はこれに該当する。  用紙を持つ手が小刻みに震え出す。 「まさか……だろ? こんなこと、あり得ないっ」  代々続く旧家の血筋である岩崎家の長男として生まれ、その後弟妹も出来なかったことから一人息子として両親の愛情を一身に受けて育ち、幼稚園から大学までエスカレーター式の名門私立学校に通い、海外留学を経て現在の外資系企業に勤務。  その間、恋人と呼ばれる存在は皆無で、自身がゲイであると自覚した中学二年生からは、女性は完全に恋愛対象外となった。しかし、ゲイに対して何かと偏見が多いこの国で、両親はもちろんのこと、誰かにカムアウトする勇気はなかった。それが原因でいじめが横行し、進学、就職に難色を示す学校や企業が数多く存在することを知っていたからだ。  ここ数年は、同性カップルの婚姻が認められる地域も出来てきてはいるが、法律として確定し実現しているわけではない。それに、そういったマイノリティを嫌悪する者も少なくない。  颯真は出来るだけ自身がゲイであるということをひた隠しにして生きて来た。そのせいで、多感な時期に女性との性交渉を逃し、さらに男性とも接触することもなかったのだ。  モデルばりの超イケメンエリート主任である岩崎颯真は、三十二歳にして未だ童貞なのである。  かといって、機会が全くなかったわけではない。毎日のように女性社員に食事に誘われる彼が、なぜ? と思うのが当然だ。
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