桜波

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あれはなんだったのだろうか。 学校の帰り、桜並木に差し掛かったあたりでそんなことを考える。 十年経った今でも、ふと思い出すことがある。 桜波ちゃん。 ある日突然いなくなった、私が一番仲良しだった女の子。 いつも丈の短い着物を着ていた。 彼女は美少女だった。 後にも先にも彼女以上の美少女を見たことはないし、きっとこれからも見ることはないのだろう、なんて何の根拠もないことを、どういうわけだか確信している。 目、鼻、口、髪の長さ、声、着物の柄。 今でもまざまざと覚えている。一つとして忘れていることなんてない。 ――だけど。 彼女の存在を知っている人は、私の他誰もいない。 お母さんも、お父さんも、由佳も千夏も慶も英太も。 誰も知らない。 みんな昔からずっとここに住んでいたのに。 あんなに目立つ子、覚えていないわけがないのに。 ざぁ。 ふと、強い風が吹いた。 桜が舞い上がる。 まるで波のようだ。桜の、波。 ――そういえば、彼女がいなくなった時もこんな光景だった。 満開の桜の下。 薄桃色の花弁が視界を覆って、桜波ちゃんが見えなくなって、それで。 気付いたら、彼女はもういなかった。 常識的に考えれば夢の出来事のようで、けれど紛れもなく現実の話だ。 あのあと私は、子供なりに色々調べた。 桜に関する都市伝説というのは思いの外多くある。 曰く、桜は人を喰って咲く。 曰く、桜は人を拐う。 要するに、神隠し、だろうか。 でもそれは、違う気がする。 彼女は、あれは。 私は多分、もうすぐ彼女に会うだろう。 "美春ちゃん" 彼女の声が、聞こえた気がした。
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