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プロローグ
始めに目を奪われたのは、童話のガラスの靴より輝く一足のハイヒールだった。
人は時々、目まぐるしい時の中で歩き方を忘れる。私がそうだった。
何もかもを失って、誰も私を必要としていない気がした。過ぎていく日々が、ただただ無性に虚しかった。
どこへ向かって歩いていけばいいのか、そもそも何もない私がどうやって歩いていけばいいのか、完全に見失っていた。
そんな私の前に、宇宙に輝く数多の星々を模したような白銀のラメが目を惹くネイビーブルーのハイヒールが現れたのだ。
この瞳に映った瞬間から、運命かと思う勢いで私の心が一気に舞い上がった。
「なにこれ、すごい!」
幼稚園児並みの感想しか出てこないのは私の語彙力の問題で、本当に存在感ある広大な宇宙のような一足だった。
ショーウインドーに並ぶ他の靴にも目を向けてみると、紳士靴からバレエシューズといった多種多様な靴がそこにはある。
軽快なベルの音と共に扉を開ければ、木と革と花の自然の香りが鼻腔をくすぐった。
アトリエ内は北欧を思わせるインテリアや調度品で彩られており、橙色の薄暗い証明に照らされているからか、どこかノスタルジックな空間だ。
天井は剥き出しの木がそのまま使われており、店内のあちこちに花と観葉植物があしらわれている。アトリエの中央にある作業台も床も木造のせいか、不思議な温かみがあった。
まるで美術館を彷彿させるそこは、履いた人間に自分がなりたい姿、夢を見せてくれるという『アトリエLeprechaun(レプラコーン)』。
そこで魔法の靴を作るのは、不愛想な靴職人だ。
彼と出会ったことで、私の人生は一八〇度変わることになる。
そうこれは、私が運命の靴と出会うまでの勇気の物語。
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