スティグマ

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「私、肩に傷痕があるのよね。子どもの頃、聖書でぶたれたの。分厚い聖書よ。打ちどころが悪かったのかしらね、痣になっちゃって、それがまだあるの。ずっとよ。見てみる?」  僕は慌てて首を横に振った。そうでなければ彼女はすぐにでも、薄手のシャツの袖をたくし上げ、この人だかりの中で素肌を晒してしまいそうだった。 「母に言われたわ。お寺に通うからいけないのよって。離婚した父方のおじいちゃんは仏教徒で、私、お寺の空気が好きだったから、いつもついて行ってたのよね。お寺の入り口に、大きな八重桜の木があったの。すごく立派で、木登りして遊んだりしたんだけど、母は気に入らなかったみたい」  桜を見ると死んだじいちゃんを思い出しちゃう、と彼女は肩を竦め、三枚肉の一番最後のひと切れを、口の端を汚しながら食べた。茶色いたれと透明な脂が混じりあったものを、彼女はとても美味しそうにぺろりと舐めとった。 「だから私はその痣をさ〈スティグマ〉って呼んでるのよね」  ”Stigma” と僕は発音する。「聖痕のことかい」 「それなら母も、少しは喜んでくれたでしょうけど」  僕はペットボトルの水を飲む。緊張して、やけに喉が渇いていたのだ。肉の油で唇を濡らした彼女が、ひとくちちょうだい、と言う。僕は狼狽えた。すかさず彼女は、冗談よ、と笑った。     
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