寺地

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 そういった意味で、寺地はよく目立つ教師だった。生徒にも、しょっちゅう揶揄われていた。不潔で愚図で、陰湿で不気味で、教師らしくない。生徒たちはいつも寺地の歩き方を誇張して真似し、首元に溜まったフケを笑い、寺地、と呼び捨てにして、授業はひとつも真面目に聞かなかった。なめられていたのだ。  しかし、寺地は怒らなかった。口角は常に上を向いていた。自分を揶揄う生徒たちを、機嫌よく、嬉しそうに楽しそうに眺めていた。細められた瞳には、一点のくもりも、わずかな邪気さえ感じられなかった。少なくとも、僕にはそう見えていた。  寺地は、科学の教師だった。授業と授業の合間の短い休み時間、僕はいつも、寺地のいる科学準備室を覗いた。寺地はいつも、安物のパイプ椅子に腰かけて、腹の上で指を組み、天井を見上げて目を閉じていた。寺地、と呼ぶと、目を閉じたまま、はあい、としわがれた声で返事をした。 「今日は寒いですねえ」  寺地は独り言のように、その口癖を呟いた。そうだね、と僕は言う。もうすぐ三月だ。 「寺地は、今年で定年なの」  そうかもしれませんねえ、と寺地は答える。寺地は去年も、同じ質問を同じ言葉で返していた。見てくれだけを言えば、定年退職を迎える頃だといっても何の疑いも持たずに納得できるのに、しかし寺地は、正確な年齢を一度も教えてはくれなかった。 「あなたは、今年、卒業ですか」  寺地は目を開けないまま、そう訊いた。 「ちがうよ。何度も言っているけど、僕はまだ、二年だから」     
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