一、花山滝川 Kayama-Takigawa

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一、花山滝川 Kayama-Takigawa

常盤(ときわ)の樹の影に、涼しく佇む(いしぶみ)がある。青い木々の光を透かして散りばめながら、苔生(こけむ)す初夏の庭。 『達徳(たっとく)』 歴史ある花山滝川(かやまたきがわ)高校の校訓。澄みとおる空の麓に、今日も伝統は根付いている。 「ねえ、ねえ(れい)」 絶え間なく(さえず)る鳥のような声に振り返ると、小走りに麻友(まゆ)が駆け寄ってきた。背の低い彼女はたまに、一反木綿みたいな浮遊を見せる。薄暗い昇降口に、逆光が眩しい。 「中間試験の結果、貼り出されてたわよ。黎、どうして英語で点取れるのよ。信じられない。ね、今度また教えてよね。でさ」 風に流れた髪が降りないうちに、麻友が前に回りこむ。忙しいのだ。 「凄いの。三年のあの人、また全教科首位よ」 「あの人?」 「知らないの?」 目を輝かせて顔を近づける麻友に、黎は思わず笑いそうになる。 「順位表はあまり見ない」 「まぁ黎は下手するタイプじゃないでしょうよ。でも全教科首位なんてなかなかないわ。この歴史ある花山滝川高校でも伝説の秀才なんじゃない?」 くりくりのボブを揺らしながら、楽しそうだ。 「それでね」 下駄箱に手を入れながら、麻友はまだ止まらない。     
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