第二十四章 夜空の昏い森 二

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「人は飽きるのが早い。その土地でしか無いものという強みを捨てたら、何も残らないのですよ」  その土地に行く価値というのを、算出した方がいい。  画一的なサービスを受ける為に、人は旅をしないだろう。仕事や用事で行くのならば、画一でいいので、駅前のホテルはそれでいい。でも、旅で行くのならば、景色というのは価値になる。古い民家や、細い道、塩辛い色の瓦など、古い街というのも価値になる。俺にとっては、登るときに空しかない道、下る時に海に踏み出すような道は、心に残る景色であった。沈む夕日を踏むように行く海の道は、何にもかえがたい思い出の道だ。  俺は金城を憎んでもいるが、同じ位には愛してもいるのだ。両親が出会い恋に落ちた町で、俺も奨介と出会って夢を語った。 「……奨介は、金城の古い家を改築して、別荘風にして貸し出す計画を考えました。外見は古い民家ですが、中には最先端の家電を入れます」  夏休みには実家に帰るように、田舎に来て欲しい。正月には、海で日の出を見て、歩いて神社に行って欲しい。奨介が売ろうとしていた商品は、故郷であった。 「奨介の夢は、俺が貰います」  奨介を失ってしまったが、奨介の夢は誰にも渡さない。奨介が指輪に誓ったように、俺も夢に誓っている。 「奨介は、ちゃんと考えていたの……か」  健介は驚いた表情をしてから、美雪を見ていた。 「そうか……だから……奨介は夜空君を選んだ。俺が、奨介の夢に賛同しなかったし、理解もしなかったから……」  健介は美雪に、奨介の悪事を告げられていた。健介は美雪の言葉を鵜呑みにしてしまい、奨介は犯罪を働く、どうしょうもない悪だと思い込んだ。 「……分かった……美佐に家を譲ろう。俺は、浩介と新しい夢を造る」  健介が立ち上がると、美雪が縋っていた。 「大丈夫、君の面倒は俺がみるよ……」 「違う、私はあの土地に大きなホテルを建てて……」  健介は美雪を連れて帰って行った。  健介達が帰った後で、俺は麻野夫婦に頭を下げると、礼を言う。俺だけでは、健介の剣幕に耐えられなかった。 「助けていただき、ありがとうございます」  麻野夫婦は、にこやかに笑っていたが、横で桂樹が睨んでいた。 「もう少し、ビシッと追い返せ!」 「でもねえ、怒ったまま帰すと、何をされるか分からないでしょ?」  桂樹が親子喧嘩しているので、俺は芳起にも頭を下げた。
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