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「これはなんだ」
レジ前にやってきた年配の紳士は、ガラスケースの上に広げられたものを指さした。《イエロー・カナリー》というバンド名と、四人の若者の写真が大きく出ている。
「来月のライブの告知ポスターです。初めてのワンマンなんで、こういう派手なポスターにしたみたいですよ。《ケイジ》は地元のライブハウスなんで、貼ってくれって言われたら、ちょっと断れないですからね」
若い店員が愛想良く答えると、紳士はマスク越しに低い声で、
「いいポスターだな。関係者がこの楽器屋にも来るのか」
「来ますよ、そりゃ。お得意さんです」
「タチバナヒナタは、バンドをやってるんだな」
「あ、お客さん、ヒナタのファンなんですか。今から来ますよ」
「今から?」
「さっき電話があって、ケーブルを買いにくるって」
「それは客の個人情報じゃないのかね」
「おっと、失礼しました」
「いや、もう言ってしまったものはしかたがないだろう」
「すみません、それで、領収書の宛て名はどうしますか」
「いや、気が変わった、レシートでいい。あと、このライブの前売りチケットは、この店で買えるんだな?」
「あ、はい」
「一枚でいい。一緒にくれ」
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