約束

1/3
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

約束

書道室の大きな机の上に並べた実力テストの結果を前に、海香は溜め息をついた。 さんざんな結果だ。悲惨だ。 「うわぁ、ひでぇ」 「うぇっ!? 塩崎先輩?」 書道部をとっくに引退したはずの三年生、塩崎が海香の後ろから答案を覗き込んでいた。 「み、見ないでくださいっ!」 「もう見た。これはマズイな」 「わかってますってば! それより、ここに来るなんて、珍しいですね。何のご用ですか?」 海香が答案を隠すと、塩崎は肩をすくめた。 「勉強、見てやろうか?」 「え? でも、先輩は受験で忙しいんじゃ?」 春に引退して以来、塩崎は書道部にほとんど来なかった。展覧会と文化祭のときに、他の先輩たちと顔を出してくれたくらいだ。 だから海香は、塩崎を遠目からでも眺めるために、三年生の使う校舎や図書室をうろうろする羽目になっていたのだ。 「受験は終わった。推薦で正嘉大学に決まったんだ」 「すごい! おめでとうございます! 正嘉大なんて、さすが塩崎先輩! ……私なんて、到底無理です」 わぁっと盛り上がったのは一瞬で、海香はすぐにしゅんとしてしまう。 正嘉大は、全国屈指の名門だ。海香の今の成績では、遠く及ばない。 「だから、見てやろうかって言ってるんだ。このままじゃ、同じ大学に通えないだろ?」 「え?」 なぜ、海香が正嘉大学を目指すと思うのだろう。 正嘉大なんてレベルが高すぎて、はなから目標になんてできないと思っていたのに。 「俺、カノジョと同じ大学に通うのが夢なんだけど」 「はい?」 飲み込みの悪い海香に、塩崎はふいっと横を向いた。耳が赤い。 「だから、お前も正嘉大に来いよ」 「……」 押し黙った海香を、塩崎が真剣な顔で振り返る。 海香の頬が真っ赤に染まっているのを見ると、優しく微笑んだ。 「受験が終わったら言うと決めてたんだ。お前が好きだ。俺と付き合ってください」 「……はい。勉強がんばります」 海香が塩崎のいるキャンパスで入学式を迎えるのは、それから一年半後のこと──。 - 終 -
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!