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約束
書道室の大きな机の上に並べた実力テストの結果を前に、海香は溜め息をついた。
さんざんな結果だ。悲惨だ。
「うわぁ、ひでぇ」
「うぇっ!? 塩崎先輩?」
書道部をとっくに引退したはずの三年生、塩崎が海香の後ろから答案を覗き込んでいた。
「み、見ないでくださいっ!」
「もう見た。これはマズイな」
「わかってますってば! それより、ここに来るなんて、珍しいですね。何のご用ですか?」
海香が答案を隠すと、塩崎は肩をすくめた。
「勉強、見てやろうか?」
「え? でも、先輩は受験で忙しいんじゃ?」
春に引退して以来、塩崎は書道部にほとんど来なかった。展覧会と文化祭のときに、他の先輩たちと顔を出してくれたくらいだ。
だから海香は、塩崎を遠目からでも眺めるために、三年生の使う校舎や図書室をうろうろする羽目になっていたのだ。
「受験は終わった。推薦で正嘉大学に決まったんだ」
「すごい! おめでとうございます! 正嘉大なんて、さすが塩崎先輩! ……私なんて、到底無理です」
わぁっと盛り上がったのは一瞬で、海香はすぐにしゅんとしてしまう。
正嘉大は、全国屈指の名門だ。海香の今の成績では、遠く及ばない。
「だから、見てやろうかって言ってるんだ。このままじゃ、同じ大学に通えないだろ?」
「え?」
なぜ、海香が正嘉大学を目指すと思うのだろう。
正嘉大なんてレベルが高すぎて、はなから目標になんてできないと思っていたのに。
「俺、カノジョと同じ大学に通うのが夢なんだけど」
「はい?」
飲み込みの悪い海香に、塩崎はふいっと横を向いた。耳が赤い。
「だから、お前も正嘉大に来いよ」
「……」
押し黙った海香を、塩崎が真剣な顔で振り返る。
海香の頬が真っ赤に染まっているのを見ると、優しく微笑んだ。
「受験が終わったら言うと決めてたんだ。お前が好きだ。俺と付き合ってください」
「……はい。勉強がんばります」
海香が塩崎のいるキャンパスで入学式を迎えるのは、それから一年半後のこと──。
- 終 -
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