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「うん・・・ありがとう」
「それも今にはじまったことじゃない。ずっとずっと前から・・・きっと子どもの頃から・・・」
「うん」
「俺、キモイかな・・・」
「うん」
「え、マジか・・・」
「嘘、冗談だよ」
そう言って優美は、大斗の腕の中で笑う。そして子どもをあやす様に、大斗の背中をトントンと擦りながら続ける。
「大斗が想ってくれて、私は何度も救われたよ。辛い時、いつもそばに居てくれてありがとう」
「優美ちゃん・・・」
「でもね、私、まだ勇気がないの。大斗の気持ち、ちゃんと受け止める勇気がない。だから私がもっとちゃんと1人で立てるようになるまで、少し待っててくれないかな?」
「待つのは慣れてるよ。ここまで何年待ったと思ってるの?」
「それもそうか」
桜の木が風に揺れてサラサラと音をたてる。それに合わせるように、優美も柔らかく笑った。
「それとね、もうひとつ。しげちゃんのお店で私以外のバイトの人が見つかったら、ちゃんと正社員の仕事探そうと思うの。それで保育園にお世話になりながら、この街で息子と暮らしたい」
「そっか・・・」
「離婚する時は、旦那の家の方がお金持ちだし、姑は専業主婦だし、息子にとってあっちで暮らすのがいいと思ったんだけど・・・やっぱり私、あの子と暮らしたい。だから仕事見つかったら、親権についてもう1回、話しあってみようと思う。って感じだから、大斗、辞めるなら今のうちだけど・・・」
優美が申し訳なさそうにそう言うと、
「うん、それでいいと思うよ。あと、やっと待ってていいってお許しもらったのに、今更辞めないから、覚悟して」
「でも・・・」
「俺さ、優美ちゃんとアニキが別れた時、まだ中坊だったから何もしてあげられなくて、すごく後悔したんだよ。だから今回は後悔したくない」
「ありがとう・・・」
桜の木が優しく揺れる中、新しい2人がはじまる。
「ねぇ、手、繋いで帰ろうよ」
「それはダメ。少し待っててって言ったでしょ?」
「えー、ケチー」
そんなたわいもないやり取りに小さな幸せを感じながら、優美は家までの一歩を踏み出す。
その一歩は未来への勇気と希望に満ち溢れた一歩だった。
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