第五章

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* 「上司なら部下の家に勝手に入ってくるんじゃねぇよ。文字通り土足でずかずかと押し行ってきやがって。そんなに運輸に納まったことが嬉しいか?」  聞き覚えのある勝鬨の声。丸一日待ち侘びた男の声にほっとできたのはつかの間で、すぐにその声色の低さに恐怖を感じた。遥だけではなく、周りの使用人も同じだろう。 「はっは、何を言うかと思えばお前……っ!」  扉の傍で笑い声が聞こえる。さっきから荒れている山一という男だ。重慶と山一、互いに名前で呼び合うのは親しい間柄だからだろうか? 「言ったじゃ無いか、あの庭園で。俺の人生は散々だった。折角、乗せられた船を豪遊しない訳にもいくかよ。元を取らせて貰わないと」  元を取る? 豪遊? 仕事の話だろうか? 遥がいない間に何らかの話を詰めていたのだろう。本来聴いてはいけない話かもしれないが、身の危険を感じざるを得ないので、遥は動くことができずにいた。 「元を取るもなにも、立場に甘んじるんじゃねぇよ。お互いスタート地点に立たされただけで、これから何を築くかが問題だ。お前が拘る勝敗もその先に、」 「それが生っちょろいんだよ、重慶」  言葉を遮る山一の身振りが見えるようだ。声に弾みがついていて、先ほどよりも機嫌が良さそうで。 「立場ってのは未来に左右されない。生まれ持った身分を覆せないように、今其処にいて、立場に見合った力を持っているのなら、権力を行使して成せることを成すべきだ」 「……なにをやりてぇんだよ」  重慶の声が一層、低くなる。山一とは対照的に明らかな機嫌の悪さが伝わってくる。 「重慶、ルミさんが好きだったっていう温室は此処なんだろう? 随分立派なものだって話じゃないか」  遥は背中に寒気を感じた。 「親父の隠居先をこの温室にさせてもらうぞ! 残りの余生は愛人女を待ちながらその息子と過ごすんだ。頭がイカれていく恐怖を味わいながら、この鳥籠で死んでもらいたい!」
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