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「よ。おめでとう」
「ありがとう!」
涙は出なかった。代わりに割れてしまいそうなほど頭痛がする。
大丈夫。
……大丈夫だ。
言い聞かせて強く目を閉じる。
はあ、と短く嗄れた吐息がもれかけて、慌てて口を閉じた。
『ためいきつくと、幸せが逃げるんだよ?』
「……知ってる」
柔らかな初恋が、閉じたまぶたの裏で蘇る。
『好きだったよ』
「っ」
俺も、好きだよ。
好きだったよ、ずっと。
愛しい人も、愛しい思い出も、ほんの少しだけ特別な呼び名も、愛しい小さな嘘も。
きっとすべてを過去にしよう。
いつか、そう、もう少し後で、必ず過去形にしてみせるから。
今日だけは、日付が変わるまで、おまえのことを好きでいる。
笑顔を貼りつけたまま家に帰って、ソファに倒れ込んだら顔が途端に崩れた。
……あー、駄目だ。
ほんとごめん。失礼になるのは分かってる。でもごめん、今だけ、今回だけ許してほしい。
ぎりりとソファを握った。クッションに顔を押しつけたままで息を吸い込む。
肺の中身をすっかり出してしまうような、思い出全部に区切りをつけるような呼吸を繰り返した。
喉が詰まる。くぐもった音が湿っている。
くしゃりと、視界が歪んだ。
「……はあああ……」
最後の長いため息をついたなら、狂おしいまでの愛しさに、さよならを。
Fin.
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