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その日は、雨が降っていた。
銀色の針が曇天から降り注ぎ、押し包むように惨めな彩綾を嘲笑う。ふらつく足が水たまりに踏み込み、ぱしゃんと跳ねた。
(はやく、はやく、かえらない、と)
ぼやける意識を無理に引き止める。帰らないと、いけないのだ。
さざ波を描く髪も制服もまとわりつく。ボロボロのローファーは水浸しで、手足の痣が痛々しく浮かび上がっている。
傘はなかった。
正確には隠されたのだ。捨てられたのかも、壊されたのかもわからないけれど。
血の気の失せた唇を噛み締め、どうにか前に進む。だが、足が思うように動かない。
(寒い)
傷だらけの腕で自分の身体を抱く。意味なんてない。どうしようもない虚しさが増しただけ。
くすくすと笑う声が聞こえた。何か言っている気もする。雨?人の声?
彩綾は朦朧とするあまり、音まで判別がつかなくなっていた。先ほど、階段から突き落とされて頭を打ったせいかもしれない。
(でも、大丈夫)
彩綾は大丈夫。生きているし、養育費もまだもらえているし、どうにか歩けてもいる。だから大丈夫、大丈夫なのだ。大丈夫ダイジョウブだいじょうぶ。
大丈夫じゃないとダメだから、だいじょうぶ。
「うん、……だいじょうぶ、だよ。わたしは、へい、き」
「そんなはずないだろ!」
激しい雨音を切り裂くように、聞こえるはずのない憧れの人の声が、聞こえた。
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