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鍾乳洞をたっぷり楽しんでいる間に、太陽はすっかり低い位置に移動していた。
洞窟を出て再び緑に囲まれた私と惣介さんは、小川の横の道を歩く。流れる水は山の中ともあって、透明ですごく綺麗だ。寒くなったからか小川の中には生き物はいないけれど、水の音に癒される。
「鍾乳洞、本当にすごく楽しかったです!」
「俺もです」
「また行きましょうね」
「はい、もちろん」
「他の鍾乳洞にも行ってみたいなぁ」
「いいですね。少し足を伸ばせば、他にもいくつかありますよ」
「ぜひ!」
私は頷きながらしゃがみこみ、小川の水に手を少し入れ、水面を揺らす。
「……冷たい」
「もう秋ですからね」
惣介さんも私に続いて隣にしゃがみこむ。それを視界の端に映しながら、私から自然と言葉が溢れる。
「この時期ってなんとなく寂しい気持ちになるんですよね」
「寂しい?」
「あっ、別に何があるとかじゃなくて、なんとなくなんですけど」
「……ああ、でもわかる気がします。寒くなるからですかね」
「あ、そうかも……人恋しくなるのかな」
でも、どうしてかな。今は去年まで感じていた寂しさとは少し違う気がする。……惣介さんがこうやって隣にいてくれるからかもしれない。触れているわけではないのに、温かい。本当に不思議な空気を持つ人だ。
「琴音さん」
「あっ、ごめんなさい。なんだか感傷的になっちゃって」
「いえ。もし寂しくなったら、いつでも言ってください」
「え?」
「いつだって、俺の腕の中に琴音さんを包み込む用意はできてますから」
「!」
「なんて。キザ過ぎましたかね?」
くすくすと笑いながら何事もないように惣介さんは立ち上がったけれど、その顔は赤く染まっている気がする。
……夕陽のせい?
「そろそろ帰りましょうか。楽しい1日だったから後ろ髪ひかれますけど」
「……はい」
惣介さんの言葉に促されるように立ち上がると、優しい彼の笑顔が目に映った。彼が照れていたのかどうか真実はわからないけれど、私の中で変化していくものがあることは明らかだった。
甘く高鳴る鼓動。内から滲み出すようなあたたかい気持ち。……彼ともっと長く一緒にいたいという気持ち。
お見合いをした日には、まさかこんな気持ちになる日が来るとは想像もしてなかった。
……その日、もう一生することはないと諦めていた“恋”が始まっていく予感がした。
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