第六十五話  黒駒

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第六十五話  黒駒

紅い髪が燃え上がる炎のように見える。 篝火を浴び、闇から浮かび上がった、その姿は、さながら一幅の絵のようだった。 イダテンが姫を背負い門の前に立っていた。 痺れを切らし、押しかけてきたのだ。 問われるままに、ここにはこやつらしかいないと答えると、イダテンは姫を背負子からおろした。 姫が、気遣うように声をかけてきた。 「信継様は?」 義久は、力なく首を振った。 姫は、その美しい眉を寄せて 「義久」と、わが名を呼び、駆け寄ろうとした。 それほどまでに顔色が悪いのだ。 震えていたのかもしれない。 頼れる男でありたかった。 自慢できる男でありたかった――それがどうだ。 「来るな!」 気がついた時には怒鳴っていた。 立ち止まった姫の表情が凍りついた。 無理もない。 悪童と呼ばれていた義久ではあったが、姫の前では一度たりとも怒りを爆発させたことはない。 早々に顔と手を洗い、館に入って代わりの水干を見繕わなければならない。 それでなくとも貴族は血を穢れとして嫌う。 「……失礼……まっすぐ進み、母屋の前でお待ちくだされ」 ふらつく足でようやく立ち上がると、遠慮する様子もなくイダテンが近づいてきた。 「ほかに聞き出したことは?」     
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